英語、英語。
2012年01月11日
全く雪が降らない、ここバージニア。
例年はもう少し積もるのに、今回は降ってすらない。
ちょっと気持ち悪いです。雪がない冬っていうのは。
と言いつつ、高山のスタッフと家族に申し訳ないですが、雪がない楽な冬も楽しめています。
さてさて、年末年始と今回はどこにも外出の予定を立てず、
ひきこもる年越しを計画していたので、読書の合間に、ずっと計画していた本舗飛騨さしこの英語版のウェブを
組み立て直してみました。
今迄は紹介程度だったのを、なんとか企業ウェブっぽく形作れたかなぁと思っています。
英語、英語。
話し聞きは問題ないけど、
読み書きが苦手なのです。苦手ってか、面倒ってか。
そんな事も言ってられなくなってくるので…頑張らなきゃです。
ドメインも新しくしました!!
http://sashikoembroidery.com/

例年はもう少し積もるのに、今回は降ってすらない。
ちょっと気持ち悪いです。雪がない冬っていうのは。
と言いつつ、高山のスタッフと家族に申し訳ないですが、雪がない楽な冬も楽しめています。
さてさて、年末年始と今回はどこにも外出の予定を立てず、
ひきこもる年越しを計画していたので、読書の合間に、ずっと計画していた本舗飛騨さしこの英語版のウェブを
組み立て直してみました。
今迄は紹介程度だったのを、なんとか企業ウェブっぽく形作れたかなぁと思っています。
英語、英語。
話し聞きは問題ないけど、
読み書きが苦手なのです。苦手ってか、面倒ってか。
そんな事も言ってられなくなってくるので…頑張らなきゃです。
ドメインも新しくしました!!
http://sashikoembroidery.com/

2012年、一発目の胸キュン。
2012年01月04日
年末年始とウェブサイトの情報を詰め込んでました。
いかにして僕らが持っている知識や想いを伝えられるか、それが今後のキーになってくると信じて。
実は、足下には宝が眠っているのです。
隣の芝生はいつでも青く見えるもの。
だからといって他を追い求め続けると、足下を見なくなる。とはいえ、足下には一番大切な宝が眠っているのだと信じて。
今年も一年、いろいろ考えて進んで行けたらと思っています。
そんな年初め。
夕食後の読書タイム。
愛猫のEziがすり寄ってきて、手の甲に頭を預けてお休み中。
いや〜可愛い。年初めの胸キュンタイムでした。
読書に集中できなかった事はお愛想です。
大晦日〜本年も大変お世話になりました。
2011年12月31日
大晦日。
毎年、この日は少し違う感覚を覚えます。
ちょっと引き締まる…というか、新たな気持ちになる準備をしているというか。
本舗飛騨さしことして、そして私個人としまして、
本年も大変お世話になりました。
多くの方に支えられた一年でした。
楽しい出会いや、尊敬できる方とのお話。
アメリカと日本を往復しているため、時間が限られてしまい、直接お会いしてご挨拶できなかったのが残念です。
また来年もなんだかんだで日本に長くいる予定ですので
またお会いしてお話できればと思っております。
来年も、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
皆様、良いお年をお迎え下さい!
師走と読書と猫と。
2011年12月28日
特に何も予定の無かったクリスマスも終わり、
師走も新年に向けて収束の気配。
アメリカにきて、それなりの仕事をこなしつつもゆっくりとした時間を過ごせています。
やっぱり、言う迄もないけど、家族と一緒に過ごせるのは有り難いです。
嫁はひたすら読書だし、俺も読書やらネットやら。
半分ひきこもった休暇。いい感じ。

とはいえ、お仕事はさせて頂いてます。
本舗飛騨さしこ、31日と1日、お休みを頂いていますが、それ以外は営業致します。
冬の高山散策、雪の中から生まれた刺し子をお手に取って頂ければ幸いです。
インターネットショップはお休みを頂きません。
ただ、その期間に頂いた注文は2日の発送となります事をご理解下さいませ。
宜しくお願い致します。
ブログ書いてたのにUPするの忘れてたw。
2011年12月16日
渡米直前に空港でブログを書いてたのに、UPするのをすっかり忘れてましたw。
僕にとって(僕へのメッセージとして)とても大事なブログなので、UPして共有。何より忘れない様に。
+++++++++++++++++++++++++++++
渡米直前の11月末と12月頭。
上京する度にお会いしているあるグループの尊敬する人々が高山に来てくれて。
「遠い所、すみません」
という気持ちと同時に、実際に会ってゆっくりと話ができることがとても嬉しくて。みんながそれぞれ芯を持っていて、だからこそ凄く尊敬していて、その結果、勝手に距離を取っていた人達。もっと深く関わり合いたかったけれど、自分を否定されてしまうんじゃないかという誇大妄想から大きな一歩が踏み出せなかった人々との語り。
今回、文字通り裸の付き合いやプライベートに顔を突っ込んだ話をする事で、そんな自分勝手な距離感を一気に縮める事ができて、また僕の今いる場所での課題も確認することができて。
ヒトツは、刺し子を美術として扱って行きたい僕なりの立ち位置を確認できた事。と同時に、美術を日常に落とし込もうと奔走する同士との出会いと確認。僕は日常を芸術に。彼は芸術を日常に。ベクトルはまるで真逆だけど、きっと方向は一緒で、どこかで僕らが協力しあえる接点があって。
その確認と、美術を日常に落とし込もうという考え方を持った方との語りは凄く貴重な時間。
ヒトツは、地方→日本→世界→日本→地方の流れを作るロールモデルという自覚をさせて頂けた事。地方の産業である刺し子を日本全国に、そして世界に広めようという今の活動の中で、この地方から世界への流れを勿論常に意識して考えてはいるのだけど、同じような形で違う媒体を以て動こうとしている人と語り合えた時間はとても有意義だったと思う。
地方を日本に、そして世界へ発信して架け橋を作る為には、その地方を知る必要がある。そして、本当の意味で知るためには、地方(故郷)を好きになる必要がある。でも、地域の為だけに生きる必要はなくて、あくまで感謝の気持ちを忘れず、また愛情を常に携えた動きができればいいと思ってる。
今回の仲間の言葉を拝借する。
「Just for ではなくて、Thanks to で良い」
つまりは
「〜の為に、ではなくて、〜のおかげで、で良い」
その動きの中できっと結果が出てきてくれる事を信じられる様になった。
もっと言えば、僕ががむしゃらに走ってきたこの三年間を認めて貰えたような気がして。
ロールモデルなんて言われると、ちょっと緊張するし、逆に言えばそんな偉そうなものなんかじゃないと思いつつも、今描く未来を形にして、本当の意味でロールモデル(モデルケース)となれれば良いなぁと思ったり。
最後に、
刺し子という日常の中の芸術という位置づけの工芸品の課題も沢山見えてきた。
今迄の3年間、こうして活動する中で、多くのお褒めの言葉を頂いてきた。残していきたい文化だと言われているし、残すべきだとも言われている。僕もそう思う。
と同時に、それらの言葉は、刺し子という文化を既にある程度知っていて、あるいは手工芸に理解や興味を示してくれている人々の言葉で、その言葉だけで調子に乗っていた自分もいる。
でも、今回刺し子に足を運んでくれた人は、全く刺し子を知らない人。そしてきっと、工芸等に興味を持っていない人。僕の出会う人の中ではマイノリティ、そしてきっと、一般社会では、マジョリティー。
彼は営業の専門家みたいな人だから、一生懸命どうやったら刺し子が「売れるのか」を考えてくれた。そして、一言だけ呟いた。
「こりゃ難しいわ。」
そうなんです。難しいのです。
ターゲットとなる市場は爆発的に広がる事もないし、また努力によって原価が下がるものでもない。大量生産もできなければ、嗜好品である事には変化を求める事ができない。
知って頂くだけでは駄目で、その価値を理解して、更に言えば、その価値に対価を払って頂けるだけの愛情を持って頂ける様な仕事をしなければならない。それは品質であり、技術であり、デザインも含めた作品作りであり。
ただ、こうして「難しさ」を指摘してくれる人がいて、と同時に「可愛い」と言ってくれる人がいて、この両極端のバランスを上手く経営という流れに乗っけた時、初めて成功という光がみえ、何よりモデルケースのヒトツとなるのかなと。
おべんちゃらを使うわず
単刀直入な厳しいことを、優しさと共に伝えてくれ
尚かつ自分の事の様に考え、
如何に社会に情報を発信していけるか一緒になって考えてくれる
そんな力強い仲間を持てていることに、心から感謝しながら。
この一週間の前は、「仲間」なんて言える関係ではないと勝手に思っていて。勝手にヒエラルキーを作り、いつのまにか目指す目的像みたいになってた彼らが、高山に来てくれて、僕が立っている場所まで下りてきてくれて、「知らんがな」とか「めんどうくさい」とか良いながら、一人の仲間として扱ってくれ、「もう、一員でしょ」って温かい言葉をかけてくれ、「出会えてよかった。淳さんに会いにきたんです」と一足飛びで同士になれる環境に、もう一度、心から感謝しながら。
業務的には、先のブログにも書いたけど、スタッフさんは現在進行形の業務を遂行することが優先順位の第一番なので、結構孤軍奮闘。でも心理的には、日本中に、そして世界中に、こんな力強い仲間がいることは、やっぱり僕は幸せなんだな…と感じざるをえなくて。
ありがとうございます。
ご無沙汰&いってきます!
2011年12月05日
大槌訪問から一ヶ月。
本店の仕事がバタバタしてしまい、ブログの更新ができないまま、またこうして渡米の日を迎えてしましました。渡米の一番の理由は、勿論嫁と一緒に時間を過ごすため。
と同時に、将来の刺し子の市場を開拓する期間でもあると考えています。
この一ヶ月、沢山の人に高山にお越しいただき、また本舗飛騨さしこの本店に実際に足を運んで頂き、新たな課題と現在のすべき事が見えてきています。
今ある課題は基本、僕が一人で完結させなければいけないこと。
スタッフさんを頼りにしているのと同時に、彼女らには現在進行形の業務を完遂するという大きな日々の仕事があるわけで。新しい取り組みの中では、やっぱり僕がゼロをイチにする必要があって。
というわけで、12月5日(月)より二ヶ月程、アメリカに滞在します。
その間、インターネットショップは通常通り運営致しますが、確認メール等が時差の関係で遅れてしまう事がございます。また発送にも一日のズレが発生する場合がございます。
何卒、ご了承頂けます様、お願い致します。
大槌訪問記 最終日完結編。
2011年11月08日
大槌復興刺し子プロジェクト/大槌訪問記
【11月6日(日)4日目最終美 "継続的な支援のお約束と、それは僕の覚悟と"】
今回の4日間(刺し子さんとの交流は実質2日間)の大槌訪問。
最終日は管理業務の打ち合わせとコンサル、残った必要映像の撮影と、
そこまで予定が詰まっていなかったから、朝はゆっくりしようと話していたのにも関わらず、
早朝7時頃からモソモソ起きだして、いろんな話をする程の情熱感。
僕なりの報告を終え、僕ができる撮影も完了し、
現地スタッフ全員で今後の方針を位置づける打ち合わせを横で聞きながら、
あっと言う間の、でも実際一ヶ月程居た感じがするこの訪問記の最後を締めくくる事ができればと思う。
被災者である刺し子さんの前でお約束した事。
それは
「飛騨さしこという会社が存続する限り、テラ・ルネッサンスを始めとした支援組織が長期間の支援をお約束した様に僕も継続的な支援を続ける」
という言葉。
これは言葉だけでなく、僕の覚悟にもなっていて。
このプロジェクトへ対する覚悟だけじゃなく、僕が刺し子という伝承工芸を残して行けるように最善を尽くす、
できる限りの事はするという覚悟でもあり。
満たされた満足感と、僕をチクチク刺激する使命感で、心はホカホカしていて。
今回、再認識したキーワード、それは「継続的な支援」という概念。
言葉で表現するとたったの6文字なのに、そこには深いコミットメントとボランティア意識だけでは乗り越えられない沢山の課題がある。
単発の支援じゃなく、被災された方々と一緒に未来を作っていく支援。
様々な目的や想いを持って参加してくれている方々と、長期間一緒にいることでフェーズや意識を共有し、
結果として大槌の産業として成り立つことを目的とするプロジェクト。
思っていた以上に、運営は難しい。
と同時に思っていた以上に、上手く発展する可能性がある。
よく考えれば考える程、上手くいく要素が揃っているかもしれない、と。
もしかしたら希望的観測かもしれない。
でも、希望を造り出すプロジェクトなのだから、僕らが希望を持たなくてどうするんだ、と強く思う。
そう言えるのは、僕が知らなかった世界観を勉強させて頂いたからだと思う。
きっと僕は、僕が今迄培ってきた知識や経験でお役に立てたのだろう。
と同時に、被災地で実際に震災を経験された方々とお話する中で、
現地の方を主役にして物事を進めていくというプロジェクトの数字や論理では見えきれない、
つまり僕は全く知る由がなかったことを多く勉強させて頂いた。
現地の方との距離感、立ち位置、付き合いのバランス感覚。
それぞれの立場の、それぞれの責任を持った方が、自分で感じて調整して行かなければいけない、心理的な要素。
目に見えない、言葉でも表現できない、具体的な論理で決定できない、そんな繊細で、でもとても大切なセンス。
これは現地にきて、現地のスタッフと話して、僕が感じた雰囲気。
難しい、課題は多い、でもきっと上手くいく。そしてそれは凄い事になる。
現地スタッフには厳しい事も言った。
何が足りてないか…という話が9割で、僕が得意な褒める事、つまり”足りている事”を拾ってあげる事も少なかった。
それでもスタッフの笑顔を見ると安心できる。希望が持てる。応援したくなる。
ここにいるスタッフにはきっとここにいる意味があり、
その今可視化されていない意味こそがこのプロジェクトを進めていく原動力なんだろうっと。
実際、現地スタッフの話から感動を頂いた事も多かった。
僕にできること。僕ができること。そして僕ができたこと。
それは、飛騨さしこの技術の一部を紹介し、今後の作品制作の参考にして頂く事。
それは、刺し子事業を運営する一人として、業務の流れ、企業人として必要な考え方をシェアさせて頂く事。
それは、刺し子で生業を立てているという僕を紹介し、刺し子さんに未来への光を示唆すること。
それは、時間を共有し、今後のプロジェクトに対する僕の姿勢を示す事ができたこと。
それは、大槌の刺し子さんに、笑顔で喜んで頂けた事。
たった4日間では限度があるし、完璧にこなすことはできなかったかもしれないけれど、
きっと今できることはしてこれたんだろうと思う。
と同時に、今後も立ち位置をうまく調整しつつ、継続的な支援をしていくことはここでお約束できる。
そして、何よりも大切なのが、このプロジェクトを一人でも多くの方に知って頂く事。
刺し子という手仕事を通して、復興への道を歩みながら、そして未来への希望、コミュニティ、何よりも震災後の”生き甲斐”を支えて行く事。
未熟なプロジェクトだし、何より刺し子という市場そのものがまだまだ未開拓(もしくは縮小しつつある)市場だから、
沢山の方の支援が必要だし、それぞれの専門家、プロのご意見やお力添えを継続的に頂く事が不可欠だと思う。
その為には、やっぱり、知って頂く事が大切。
このプロジェクトを始めた有志の5人の活動、活躍、覚悟と熱意。
このプロジェクトを運営している現地のスタッフの頑張りと、テラ・ルネッサンスの社会的存在意義。
このプロジェクトに支援をしている、僕(本舗飛騨さしこ)を含めた多くの個人、法人の活動、社会的意義であり会社の活動、個人の活動。
全てを知って頂きたい。
日本人を誇りに思えるはず。少なくとも僕は、日本がもっと好きになったし
こうして日本復興の小さな一翼を担えていることを誇りとしている。
ある刺し子さんが仰っていた事。
”縁”に感謝をしたい。絆を創ってきたというよりは、”縁”を頂いて”今”がある。
きっとこのプロジェクトに関わっている僕らも縁で繋がっていて。
この縁の中で、縁を円として広げながら、共有できるものは共有して、お互いの宝物を探して、お互いに高めあって。
そういった被災地内外での活動が、きっと被災地での復興プロジェクトの奇跡を可能にすると信じて。
簡単に言えば、このプロジェクトを知って、作品をご購入頂きたい。
もっと言えば、その気持ちを多くの方に伝えて頂きたい。シェアして頂きたい。
運営本体であるテラ・ルネッサンス、そして”ともつな基金”へご協力を頂いたり、
弊社も含めた各団体が行っている支援キャンペーンにご協力頂きたい。
この、大槌復興刺し子プロジェクトが、被災された方の支援として全力投球している事は、
現地の刺し子さんの笑顔をみれば、瞬間に理解る。理解というか、感じる。泣けてくる程、笑顔が輝いている。
お金でも、名誉でも、社会的地位でもない、笑顔を生み出す支援活動。
勿論、お金も名誉も社会的地位も、もっともっと欲することは仕方ないと思うし、
客観的にプロジェクトを運営して行く以上、絶対的なファクターではあるけれども、
どれだけお金や名誉や社会的地位が高まった支援でも、
今回出会った刺し子さんの笑顔と涙、そして希望がなければ、やっぱり意味はないのかな…と。
これだけ記録的な震災の中で、希望を感じさせてくれる笑顔に、
僕は感謝しっぱなしだし、頭が下がりっぱなしだった。
「頑張って!」なんて無責任な事は言えないし、絶対言いたくない。
今の被災地の皆さんは「何を頑張ればいいんだろう?」と疑問に思うだろうし、これ以上頑張る事なんてできないと思う。
だから、僕が残してきた言葉は、「頑張ります。頑張りましょう」だ。
縁を頂いた。
そして直接現地に足を運ぶ事ができた。
こんな僕でも力になれる事があると感じた。力になりたいと思った。
現地で駆け回るスタッフにも希望の光が見えてきたはず。
僕自身、スタッフと膝をつきあわせて語り続けて見えてきた光がある。
希望を感じ、可能性を理解し、それぞれの立ち位置を理解した。
そして、もうこの大槌復興刺し子プロジェクトは、
単なる支援じゃなく、僕のライフワークになりつつある。
あくまで外部からの支援として、うまく距離感はとりつつも、僕の僕への挑戦となっていく。
最後に…
社交的辞令ではなく、心から僕ができることは全てしたいと思う。
海外を活動拠点とし、主夫っぽい生活をする事になる未来において、時間的&能力的に支援が限られてしまう事はあるかもしれないけど
誠意を示し続けたいと思う。
それが僕の誇りであり、僕の存在意義。社会への貢献。
世界を変える程の有名人の一歩じゃないかもしれないけど、
単なる刺し子専門店三代目の、社会的には小さな一歩かもしれないけど、
こうして日本の復興の一部になっていけれると信じて。
テラ・ルネッサンスは「10年の支援を」と言った。
この10年の中で、今がきっとこのプロジェクトの序章なんだろうと思う。
…10年後、
今こうして縁を頂いた尊敬する有志の5人と、
現地スタッフとして関わりを持った個性豊かな方々と、
温かい支援の輪を造り出している方々と、
この大槌の地で、美味しいお酒を飲める事を楽しみに。
その時には、大槌の刺し子コースターが、ぐい飲みの下に敷いてあり、
このプロジェクトを通して復興を成し遂げた小料理屋のママが、大槌の刺し子ふきんでお皿をフキながら
僕たちと現地の刺し子さんが今の苦労を笑い話にしながら、大槌刺し子の未来を語る。
そういう未来を、そして希望を心に描きながら、今回の訪問記を一旦区切りたい。
☆編集後記☆
4日に渡る長文をお読み頂き、ありがとうございました。
初日の訪問記にも書いたのですが、衰退傾向にある刺し子業界において、
刺し子そのものの存在意義を模索していた僕にとって、この4日間は、とても特別なものになりました。
僕でも力になれる。僕だからこそ力になれることがある。
人は存在意義を知り、希望を感じると前向きになれるんだと再認識する事ができました。
日々、無理やりにでも訪問記を更新したのは、この気持ちを風化させては行けないと思ったから。
震災という悲しい現実も、時の流れは風化を進めてしまうという事実の中、
今回の4日間という日々を、葛藤を、変化を、そして希望を、ありのまま切り取っておきたいと
こうして文章にしました。
ブログ形式で読みにくいかと思いますが、近日中にまとめてウェブサイトにUPしたいと考えております。
今後も宜しくお願い致します。
また、
岩手県大槌町で行われている大槌復興刺し子プロジェクトにご理解を頂き、
一層のご協力、ご支援を頂けます様、心よりお願いを申し上げます。
今回携わっている支援活動、キャンペーン、また団体を紹介して編集後記の〆とさせて下さい。
【大槌復興刺し子プロジェクト ウェブサイト】
http://osp2011.web.fc2.com/
【NPO法人テラ・ルネッサンス「ともつな基金」ウェブサイト】
http://www.terra-r.jp/site/tomotsuna/
【本舗飛騨さしこ 支援糸キャンペーンページ】
http://hidasashiko.com/Otsuchi_Project.html
ありがとうございます。
本舗飛騨さしこ 二ツ谷淳
【11月6日(日)4日目最終美 "継続的な支援のお約束と、それは僕の覚悟と"】
今回の4日間(刺し子さんとの交流は実質2日間)の大槌訪問。
最終日は管理業務の打ち合わせとコンサル、残った必要映像の撮影と、
そこまで予定が詰まっていなかったから、朝はゆっくりしようと話していたのにも関わらず、
早朝7時頃からモソモソ起きだして、いろんな話をする程の情熱感。
僕なりの報告を終え、僕ができる撮影も完了し、
現地スタッフ全員で今後の方針を位置づける打ち合わせを横で聞きながら、
あっと言う間の、でも実際一ヶ月程居た感じがするこの訪問記の最後を締めくくる事ができればと思う。
被災者である刺し子さんの前でお約束した事。
それは
「飛騨さしこという会社が存続する限り、テラ・ルネッサンスを始めとした支援組織が長期間の支援をお約束した様に僕も継続的な支援を続ける」
という言葉。
これは言葉だけでなく、僕の覚悟にもなっていて。
このプロジェクトへ対する覚悟だけじゃなく、僕が刺し子という伝承工芸を残して行けるように最善を尽くす、
できる限りの事はするという覚悟でもあり。
満たされた満足感と、僕をチクチク刺激する使命感で、心はホカホカしていて。
今回、再認識したキーワード、それは「継続的な支援」という概念。
言葉で表現するとたったの6文字なのに、そこには深いコミットメントとボランティア意識だけでは乗り越えられない沢山の課題がある。
単発の支援じゃなく、被災された方々と一緒に未来を作っていく支援。
様々な目的や想いを持って参加してくれている方々と、長期間一緒にいることでフェーズや意識を共有し、
結果として大槌の産業として成り立つことを目的とするプロジェクト。
思っていた以上に、運営は難しい。
と同時に思っていた以上に、上手く発展する可能性がある。
よく考えれば考える程、上手くいく要素が揃っているかもしれない、と。
もしかしたら希望的観測かもしれない。
でも、希望を造り出すプロジェクトなのだから、僕らが希望を持たなくてどうするんだ、と強く思う。
そう言えるのは、僕が知らなかった世界観を勉強させて頂いたからだと思う。
きっと僕は、僕が今迄培ってきた知識や経験でお役に立てたのだろう。
と同時に、被災地で実際に震災を経験された方々とお話する中で、
現地の方を主役にして物事を進めていくというプロジェクトの数字や論理では見えきれない、
つまり僕は全く知る由がなかったことを多く勉強させて頂いた。
現地の方との距離感、立ち位置、付き合いのバランス感覚。
それぞれの立場の、それぞれの責任を持った方が、自分で感じて調整して行かなければいけない、心理的な要素。
目に見えない、言葉でも表現できない、具体的な論理で決定できない、そんな繊細で、でもとても大切なセンス。
これは現地にきて、現地のスタッフと話して、僕が感じた雰囲気。
難しい、課題は多い、でもきっと上手くいく。そしてそれは凄い事になる。
現地スタッフには厳しい事も言った。
何が足りてないか…という話が9割で、僕が得意な褒める事、つまり”足りている事”を拾ってあげる事も少なかった。
それでもスタッフの笑顔を見ると安心できる。希望が持てる。応援したくなる。
ここにいるスタッフにはきっとここにいる意味があり、
その今可視化されていない意味こそがこのプロジェクトを進めていく原動力なんだろうっと。
実際、現地スタッフの話から感動を頂いた事も多かった。
僕にできること。僕ができること。そして僕ができたこと。
それは、飛騨さしこの技術の一部を紹介し、今後の作品制作の参考にして頂く事。
それは、刺し子事業を運営する一人として、業務の流れ、企業人として必要な考え方をシェアさせて頂く事。
それは、刺し子で生業を立てているという僕を紹介し、刺し子さんに未来への光を示唆すること。
それは、時間を共有し、今後のプロジェクトに対する僕の姿勢を示す事ができたこと。
それは、大槌の刺し子さんに、笑顔で喜んで頂けた事。
たった4日間では限度があるし、完璧にこなすことはできなかったかもしれないけれど、
きっと今できることはしてこれたんだろうと思う。
と同時に、今後も立ち位置をうまく調整しつつ、継続的な支援をしていくことはここでお約束できる。
そして、何よりも大切なのが、このプロジェクトを一人でも多くの方に知って頂く事。
刺し子という手仕事を通して、復興への道を歩みながら、そして未来への希望、コミュニティ、何よりも震災後の”生き甲斐”を支えて行く事。
未熟なプロジェクトだし、何より刺し子という市場そのものがまだまだ未開拓(もしくは縮小しつつある)市場だから、
沢山の方の支援が必要だし、それぞれの専門家、プロのご意見やお力添えを継続的に頂く事が不可欠だと思う。
その為には、やっぱり、知って頂く事が大切。
このプロジェクトを始めた有志の5人の活動、活躍、覚悟と熱意。
このプロジェクトを運営している現地のスタッフの頑張りと、テラ・ルネッサンスの社会的存在意義。
このプロジェクトに支援をしている、僕(本舗飛騨さしこ)を含めた多くの個人、法人の活動、社会的意義であり会社の活動、個人の活動。
全てを知って頂きたい。
日本人を誇りに思えるはず。少なくとも僕は、日本がもっと好きになったし
こうして日本復興の小さな一翼を担えていることを誇りとしている。
ある刺し子さんが仰っていた事。
”縁”に感謝をしたい。絆を創ってきたというよりは、”縁”を頂いて”今”がある。
きっとこのプロジェクトに関わっている僕らも縁で繋がっていて。
この縁の中で、縁を円として広げながら、共有できるものは共有して、お互いの宝物を探して、お互いに高めあって。
そういった被災地内外での活動が、きっと被災地での復興プロジェクトの奇跡を可能にすると信じて。
簡単に言えば、このプロジェクトを知って、作品をご購入頂きたい。
もっと言えば、その気持ちを多くの方に伝えて頂きたい。シェアして頂きたい。
運営本体であるテラ・ルネッサンス、そして”ともつな基金”へご協力を頂いたり、
弊社も含めた各団体が行っている支援キャンペーンにご協力頂きたい。
この、大槌復興刺し子プロジェクトが、被災された方の支援として全力投球している事は、
現地の刺し子さんの笑顔をみれば、瞬間に理解る。理解というか、感じる。泣けてくる程、笑顔が輝いている。
お金でも、名誉でも、社会的地位でもない、笑顔を生み出す支援活動。
勿論、お金も名誉も社会的地位も、もっともっと欲することは仕方ないと思うし、
客観的にプロジェクトを運営して行く以上、絶対的なファクターではあるけれども、
どれだけお金や名誉や社会的地位が高まった支援でも、
今回出会った刺し子さんの笑顔と涙、そして希望がなければ、やっぱり意味はないのかな…と。
これだけ記録的な震災の中で、希望を感じさせてくれる笑顔に、
僕は感謝しっぱなしだし、頭が下がりっぱなしだった。
「頑張って!」なんて無責任な事は言えないし、絶対言いたくない。
今の被災地の皆さんは「何を頑張ればいいんだろう?」と疑問に思うだろうし、これ以上頑張る事なんてできないと思う。
だから、僕が残してきた言葉は、「頑張ります。頑張りましょう」だ。
縁を頂いた。
そして直接現地に足を運ぶ事ができた。
こんな僕でも力になれる事があると感じた。力になりたいと思った。
現地で駆け回るスタッフにも希望の光が見えてきたはず。
僕自身、スタッフと膝をつきあわせて語り続けて見えてきた光がある。
希望を感じ、可能性を理解し、それぞれの立ち位置を理解した。
そして、もうこの大槌復興刺し子プロジェクトは、
単なる支援じゃなく、僕のライフワークになりつつある。
あくまで外部からの支援として、うまく距離感はとりつつも、僕の僕への挑戦となっていく。
最後に…
社交的辞令ではなく、心から僕ができることは全てしたいと思う。
海外を活動拠点とし、主夫っぽい生活をする事になる未来において、時間的&能力的に支援が限られてしまう事はあるかもしれないけど
誠意を示し続けたいと思う。
それが僕の誇りであり、僕の存在意義。社会への貢献。
世界を変える程の有名人の一歩じゃないかもしれないけど、
単なる刺し子専門店三代目の、社会的には小さな一歩かもしれないけど、
こうして日本の復興の一部になっていけれると信じて。
テラ・ルネッサンスは「10年の支援を」と言った。
この10年の中で、今がきっとこのプロジェクトの序章なんだろうと思う。
…10年後、
今こうして縁を頂いた尊敬する有志の5人と、
現地スタッフとして関わりを持った個性豊かな方々と、
温かい支援の輪を造り出している方々と、
この大槌の地で、美味しいお酒を飲める事を楽しみに。
その時には、大槌の刺し子コースターが、ぐい飲みの下に敷いてあり、
このプロジェクトを通して復興を成し遂げた小料理屋のママが、大槌の刺し子ふきんでお皿をフキながら
僕たちと現地の刺し子さんが今の苦労を笑い話にしながら、大槌刺し子の未来を語る。
そういう未来を、そして希望を心に描きながら、今回の訪問記を一旦区切りたい。
☆編集後記☆
4日に渡る長文をお読み頂き、ありがとうございました。
初日の訪問記にも書いたのですが、衰退傾向にある刺し子業界において、
刺し子そのものの存在意義を模索していた僕にとって、この4日間は、とても特別なものになりました。
僕でも力になれる。僕だからこそ力になれることがある。
人は存在意義を知り、希望を感じると前向きになれるんだと再認識する事ができました。
日々、無理やりにでも訪問記を更新したのは、この気持ちを風化させては行けないと思ったから。
震災という悲しい現実も、時の流れは風化を進めてしまうという事実の中、
今回の4日間という日々を、葛藤を、変化を、そして希望を、ありのまま切り取っておきたいと
こうして文章にしました。
ブログ形式で読みにくいかと思いますが、近日中にまとめてウェブサイトにUPしたいと考えております。
今後も宜しくお願い致します。
また、
岩手県大槌町で行われている大槌復興刺し子プロジェクトにご理解を頂き、
一層のご協力、ご支援を頂けます様、心よりお願いを申し上げます。
今回携わっている支援活動、キャンペーン、また団体を紹介して編集後記の〆とさせて下さい。
【大槌復興刺し子プロジェクト ウェブサイト】
http://osp2011.web.fc2.com/
【NPO法人テラ・ルネッサンス「ともつな基金」ウェブサイト】
http://www.terra-r.jp/site/tomotsuna/
【本舗飛騨さしこ 支援糸キャンペーンページ】
http://hidasashiko.com/Otsuchi_Project.html
ありがとうございます。
本舗飛騨さしこ 二ツ谷淳
大槌訪問記、感謝の三日目!!
2011年11月07日
大槌復興刺し子プロジェクト/大槌訪問記
【11月6日(日)三日目 "大槌刺し子の未来に光が見えた時間の中で"】
4日間の滞在予定も残す所、最終日とその前夜のみ。
心地いい疲労感の中で感じるのは、満足感。個人的にも、プロジェクト的にも目的は十分達成できた気がするし、僕もとても勉強になった。
そして、僕の被災地復興への気持ちも再確認できたと確信している。やはり、被災地にはまだまだ支援が必要だし、どれだけ時が経って復興が進もうとも癒えない傷を持った方がいて、刺し子プロジェクトを通して、その方々の希望のヒトツになれたら…と強く思う。
僕にできることがある。僕が、できることが、ここにはある。
この大槌復興刺し子プロジェクトの目的は、立ち上げの5人が理念と目的として掲げた様に、
【針と糸から、復興への糸口を。手仕事から、未来の働き口を。】
という活動の中で、これも彼らが常に口にしているように、刺し子プロジェクトに関わってくれる方々の将来への希望や展望を見いだすことにあると思う。
多くの刺し子さんが、今日、言葉にして伝えて下さったこと。
「全てが津波で流されちゃったのよ。」
と、はっきりした口調とは矛盾するとても残念な現実に、僕は何も言葉を返すことができなくて。
旦那さんが流されてしまったり、妹さんが流されてしまった後、何も仕事がない空白の時間は寂しさを募るばかりだったそうで。
勿論、その悲しさや寂しさは癒えるものではないけれども、この刺し子プロジェクトの手仕事を通して、「少し気が紛れている…そして、生き甲斐になっていっている…ありがとう。」との感謝の言葉も頂いた。
支援は、一点では完結しない。
継続性は、とても大切なファクターだと思う。
何年、何十年と被災地の方々を主人公にした、被災者自らの手による復興を目的とした事業だからこその存在意義がこのプロジェクトにはあり、仕事場がコミュニティの場になっている。刺し子会(プロジェクトが運営する刺し子をする場所)に行けば、友達に会える。想いを共有できる仲間に会える、と。
プロジェクトリーダーの吉野さんの言葉、
「10年間、支援し続けます。」と皆さんに伝えたときの安堵の表情。その後の「僕も来年、また来ます」と伝えたときの、優しい笑顔。
このプロジェクトが拠り所になりつつある息吹を感じたし、このプロジェクトの存在意義、そして未来が見えた時間。
今日、刺し子講習をさせて頂いた刺し子さんは、二日目の刺し子さんと比較するとご年配の方。それだけに緊張も増していたのだけど、優しく迎えて頂き、何よりも凄いパワーを頂いた。震災は忘れない。でも乗り越えて行くというパワーがそこにはあって。また、刺し子に関しても、昔から針仕事をしていらっしゃる方が多くて、刺し子専門店に関わっている僕でも感服する程の腕前。僕の特殊な刺し子技術の紹介にも興味を持って頂き、その上で僕も新しい技術になりうるヒントをもらえるなど、とても充実した時間だったと思う。
技術的なことに関して言えば、多くの課題が今日、経験豊富な刺し子さんと打ち合わせを重ねることにより、解決されてきたと思うし、今後もプロジェクトの中に刺し子の技術者が不足している状況でも、彼女達が中心となって講習会を開いていくことで上手く回って行くのではないか…と。実際、今日も吉野さんや僕が教えてもらっていたような状況もあったし、現地の刺し子さんが、現地の刺し子さんに技術を伝えて行くという理想的なフローはできつつあるのではないか…と、ここにも光をみた気がした。
昨日も書いたけど、あくまでこのプロジェクトの主役は刺し子をして下さる現地の方。
どれだけプロジェクトのスタッフが頑張ろうとも、東京を中心とした支援組が力と知恵を出そうとも、現地の人に未来を提示してビジョンを共有して行かなければ継続は難しいとの判断があった。そして、その未来のビジョンを具体的に示すこと(=刺し子を生業としている僕を紹介すること)が今回の訪問の大事な宿題のヒトツと考えていたから、今ある刺し子作品に食いつくような興味を示して頂き、今後どうやって形にしていこうかと現地スタッフと相談する姿は、やっぱり僕の心を満足感で満たしてくれていて。
最後、ありがとうございますとの言葉の返答には、僕も感謝の気持ちしかなくて。
プロジェクトを運営して下さっているスタッフへの感謝、また僕を含めた支援組への感謝、そしてプロジェクトを立ち上げてくれた5人への感謝、最後にお金を出して作品を購入してくれるお客様への感謝の気持ちが想いっきりこもった「ありがとう。」
現地の刺し子さんの口から出てくる「おかげさま」という言葉に日本の素晴らしさを再認識し続けることができて。
ここにこなければできない経験。時間を作ってでもきたからこそ共有できる未来への想い。本当に来てよかった。
午後には嬉しいサプライズもあって。
僕と同年代の方が刺し子に興味をもってくれて、刺し子講習会に顔を出してくれて。たぶん、見た目も年下だなぁっと。予想していなかったから、ちょっとどぎまぎしてしまった程だけど、その方の技術(ポテンシャル)も本当に高くて、何よりも
「刺し子、楽しいです。続けたいです。」と言ってくれたことが、僕の、個人的に憂いている刺し子の未来への希望にも繋がって。
彼女のような若い世代にも、このプロジェクトが浸透して、僕が好きな刺し子が一人でも多くの方に伝わることは、僕の存在意義を再確認させてもらえる未来でもあり、僕が目指す未来とも一致する。いろいろ話をさせて頂いた中で、こうした可能性を多く見つけて持ち帰ることができるのは、本当に嬉しいし、やっぱり感謝の気持ちになるんだろう、と。
…とはいえ
満足感の裏側には、それでも安心しきることはできないだけの課題は残っていて。
今回の訪問記にはポジティブなことを多く書いたけれど、そのポジティブは心からのもので感動しっぱなしの講習会だったのだけど、現地にいればいる程見えてくる課題もあって。それはこういうプロジェクトを運営する中では絶対に逃げられない課題だろうし、若いスタッフも今後努力という名の武器を使って経験を重ねて行くことが大切なのだろうな…と。
そして、その経験を重ねる過程が手遅れにならないように、支援する人は、やっぱりまだ手を添えていければいいんだろうな…と。
課題山積みの中で、それでも僕が定義する優先順位第一位の、刺し子さんとプロジェクトの関係については、期待以上の満足感を持ち帰れる。それは未来への大きな希望だし、そこがしっかりしていれば、他の課題は努力と工夫次第で克服して行けると信じて止まない。
これを書き終えた今が現地の22:00時。
事務所に寝泊まりしていないスタッフさんが丁度お帰りになった。一応、業務は終了ということでいいのかな?(みんなパソコンの前にはいるけどw)
僕も基本的な課題と宿題は終えて、明日の午前中の撮影とミーティングの資料を作って休もうと思う。
正直、めちゃくちゃ疲れた。でも、とても心地いい疲労感。きっと達成感と満足感、そして未来への光を見たからなんだろうと思う。
「プロジェクト、大丈夫?」という不安たっぷりの心配から
「なんとかなっていくかも。頑張れるかも」という希望への変換。
当事者はなんとかしてくしかないと思い続ける中で、客観的な立ち位置から見える僕の視点が変わった。
それは大きな改革だし、それがあれば僕の支援ももっともっと深く掘り下げて行けると思う。
僕も頑張って行く。頑張りたい。



「大槌刺し子のみなさん、刺し子楽しんでやっぺよ!!」
【11月6日(日)三日目 "大槌刺し子の未来に光が見えた時間の中で"】
4日間の滞在予定も残す所、最終日とその前夜のみ。
心地いい疲労感の中で感じるのは、満足感。個人的にも、プロジェクト的にも目的は十分達成できた気がするし、僕もとても勉強になった。
そして、僕の被災地復興への気持ちも再確認できたと確信している。やはり、被災地にはまだまだ支援が必要だし、どれだけ時が経って復興が進もうとも癒えない傷を持った方がいて、刺し子プロジェクトを通して、その方々の希望のヒトツになれたら…と強く思う。
僕にできることがある。僕が、できることが、ここにはある。
この大槌復興刺し子プロジェクトの目的は、立ち上げの5人が理念と目的として掲げた様に、
【針と糸から、復興への糸口を。手仕事から、未来の働き口を。】
という活動の中で、これも彼らが常に口にしているように、刺し子プロジェクトに関わってくれる方々の将来への希望や展望を見いだすことにあると思う。
多くの刺し子さんが、今日、言葉にして伝えて下さったこと。
「全てが津波で流されちゃったのよ。」
と、はっきりした口調とは矛盾するとても残念な現実に、僕は何も言葉を返すことができなくて。
旦那さんが流されてしまったり、妹さんが流されてしまった後、何も仕事がない空白の時間は寂しさを募るばかりだったそうで。
勿論、その悲しさや寂しさは癒えるものではないけれども、この刺し子プロジェクトの手仕事を通して、「少し気が紛れている…そして、生き甲斐になっていっている…ありがとう。」との感謝の言葉も頂いた。
支援は、一点では完結しない。
継続性は、とても大切なファクターだと思う。
何年、何十年と被災地の方々を主人公にした、被災者自らの手による復興を目的とした事業だからこその存在意義がこのプロジェクトにはあり、仕事場がコミュニティの場になっている。刺し子会(プロジェクトが運営する刺し子をする場所)に行けば、友達に会える。想いを共有できる仲間に会える、と。
プロジェクトリーダーの吉野さんの言葉、
「10年間、支援し続けます。」と皆さんに伝えたときの安堵の表情。その後の「僕も来年、また来ます」と伝えたときの、優しい笑顔。
このプロジェクトが拠り所になりつつある息吹を感じたし、このプロジェクトの存在意義、そして未来が見えた時間。
今日、刺し子講習をさせて頂いた刺し子さんは、二日目の刺し子さんと比較するとご年配の方。それだけに緊張も増していたのだけど、優しく迎えて頂き、何よりも凄いパワーを頂いた。震災は忘れない。でも乗り越えて行くというパワーがそこにはあって。また、刺し子に関しても、昔から針仕事をしていらっしゃる方が多くて、刺し子専門店に関わっている僕でも感服する程の腕前。僕の特殊な刺し子技術の紹介にも興味を持って頂き、その上で僕も新しい技術になりうるヒントをもらえるなど、とても充実した時間だったと思う。
技術的なことに関して言えば、多くの課題が今日、経験豊富な刺し子さんと打ち合わせを重ねることにより、解決されてきたと思うし、今後もプロジェクトの中に刺し子の技術者が不足している状況でも、彼女達が中心となって講習会を開いていくことで上手く回って行くのではないか…と。実際、今日も吉野さんや僕が教えてもらっていたような状況もあったし、現地の刺し子さんが、現地の刺し子さんに技術を伝えて行くという理想的なフローはできつつあるのではないか…と、ここにも光をみた気がした。
昨日も書いたけど、あくまでこのプロジェクトの主役は刺し子をして下さる現地の方。
どれだけプロジェクトのスタッフが頑張ろうとも、東京を中心とした支援組が力と知恵を出そうとも、現地の人に未来を提示してビジョンを共有して行かなければ継続は難しいとの判断があった。そして、その未来のビジョンを具体的に示すこと(=刺し子を生業としている僕を紹介すること)が今回の訪問の大事な宿題のヒトツと考えていたから、今ある刺し子作品に食いつくような興味を示して頂き、今後どうやって形にしていこうかと現地スタッフと相談する姿は、やっぱり僕の心を満足感で満たしてくれていて。
最後、ありがとうございますとの言葉の返答には、僕も感謝の気持ちしかなくて。
プロジェクトを運営して下さっているスタッフへの感謝、また僕を含めた支援組への感謝、そしてプロジェクトを立ち上げてくれた5人への感謝、最後にお金を出して作品を購入してくれるお客様への感謝の気持ちが想いっきりこもった「ありがとう。」
現地の刺し子さんの口から出てくる「おかげさま」という言葉に日本の素晴らしさを再認識し続けることができて。
ここにこなければできない経験。時間を作ってでもきたからこそ共有できる未来への想い。本当に来てよかった。
午後には嬉しいサプライズもあって。
僕と同年代の方が刺し子に興味をもってくれて、刺し子講習会に顔を出してくれて。たぶん、見た目も年下だなぁっと。予想していなかったから、ちょっとどぎまぎしてしまった程だけど、その方の技術(ポテンシャル)も本当に高くて、何よりも
「刺し子、楽しいです。続けたいです。」と言ってくれたことが、僕の、個人的に憂いている刺し子の未来への希望にも繋がって。
彼女のような若い世代にも、このプロジェクトが浸透して、僕が好きな刺し子が一人でも多くの方に伝わることは、僕の存在意義を再確認させてもらえる未来でもあり、僕が目指す未来とも一致する。いろいろ話をさせて頂いた中で、こうした可能性を多く見つけて持ち帰ることができるのは、本当に嬉しいし、やっぱり感謝の気持ちになるんだろう、と。
…とはいえ
満足感の裏側には、それでも安心しきることはできないだけの課題は残っていて。
今回の訪問記にはポジティブなことを多く書いたけれど、そのポジティブは心からのもので感動しっぱなしの講習会だったのだけど、現地にいればいる程見えてくる課題もあって。それはこういうプロジェクトを運営する中では絶対に逃げられない課題だろうし、若いスタッフも今後努力という名の武器を使って経験を重ねて行くことが大切なのだろうな…と。
そして、その経験を重ねる過程が手遅れにならないように、支援する人は、やっぱりまだ手を添えていければいいんだろうな…と。
課題山積みの中で、それでも僕が定義する優先順位第一位の、刺し子さんとプロジェクトの関係については、期待以上の満足感を持ち帰れる。それは未来への大きな希望だし、そこがしっかりしていれば、他の課題は努力と工夫次第で克服して行けると信じて止まない。
これを書き終えた今が現地の22:00時。
事務所に寝泊まりしていないスタッフさんが丁度お帰りになった。一応、業務は終了ということでいいのかな?(みんなパソコンの前にはいるけどw)
僕も基本的な課題と宿題は終えて、明日の午前中の撮影とミーティングの資料を作って休もうと思う。
正直、めちゃくちゃ疲れた。でも、とても心地いい疲労感。きっと達成感と満足感、そして未来への光を見たからなんだろうと思う。
「プロジェクト、大丈夫?」という不安たっぷりの心配から
「なんとかなっていくかも。頑張れるかも」という希望への変換。
当事者はなんとかしてくしかないと思い続ける中で、客観的な立ち位置から見える僕の視点が変わった。
それは大きな改革だし、それがあれば僕の支援ももっともっと深く掘り下げて行けると思う。
僕も頑張って行く。頑張りたい。



「大槌刺し子のみなさん、刺し子楽しんでやっぺよ!!」
大槌訪問記 二日目!!
2011年11月06日
大槌復興刺し子プロジェクト/大槌訪問記
【11月6日(日)二日目 "大槌の刺し子さんとの出会い"】
遠野にいるスタッフの吉野さんを中心にした新規に刺し子をしてみたいという皆様への講習会の一角を借りて、時間を作って文章を作成中。
大槌への訪問は、きっと僕にとって大きな出来事になるだろうと思っていたけど、ここまで心を動かされることになるとは思ってもみなかった。そんな二日目。ちょっと無理してるオーバーペースかもしれない…。でも、"今無理しないでいつ無理するんだ" というやる気のスイッチが入ったのも事実で。
凄く嬉しかった。
ここまで刺し子が被災地の皆様の心に浸透していて、刺し子を通して若いスタッフが被災地の皆様の力になれていることに。至極個人的な感情かもしれない。刺し子に携わっている若い人間の一人という立ち位置からみた刺し子プロジェクトの印象に過ぎないのかもしれない。でも、ただひたすらに嬉しかったという感情に心をふるわされているのは間違いない事実で。
6日の午前中は、小さな刺し子会。
足下が悪いのと、日曜日でイベントが沢山あるからなのか、刺し子さん5人を含めた10人前後の刺し子会。ここで、弊社飛騨さしこの作品を紹介しながら、僕なりの刺し子への想い、そしてこの大槌復興刺し子プロジェクトの想いをお話しさせて頂いた。
いろいろ覚悟はしてきていたつもり。
きっとCash for Workを言葉通りに実行される、刺し子そのものには特に興味がなく、被災から復興までのヒトツのステップとして刺し子を捉えられている方も沢山いるんじゃないか。
本当はもっと他のことがしたいのに、現状の環境下では刺し子でしか収入を得ることができないから、仕方なく刺し子をしていらっしゃる方もきっといらっしゃるはず。
プロジェクトの存在を全面肯定しつつ、今後も、長いスパンで刺し子とおつき合いを頂き、できれば刺し子を好きになって頂き、結果としてこの大槌復興刺し子プロジェクトが、”大槌刺し子”として産業になっていって欲しい、ということを説明できれば成功だと言い聞かせて。
刺し子で生業を立てている僕が、若くて男で軽い僕が実際にお会いして、こういう刺し子もあるんだよという一例を見せることができれば、と。そして、僕が考える刺し子の未来とこの大槌復興刺し子プロジェクトの未来を重ね合わせて少しでもイメージを膨らませて頂けたら、と。
持って行く期待はできるだけ少なく、不安たっぷり覚悟ガッツリの状況のプレゼンテーション。どこまで伝わるのだろう?何を伝えたらいいのだろう?考えれば考える程、被災地の現状を目の当たりにすればするほど、膨らんで行く”これでいいのか?”という自問と不安。
その全てが、凄く良い意味で杞憂に終わった午前中、温かい雰囲気とやる気と羨望に包まれた数時間。この瞬間を僕は忘れることはないと思う。
人数が少なかったこともあり、実際のプレゼンテーションを始める前から僕が持参した弊社の作品に興味を持って頂いて。持って頂くというレベルというか、食いつくレベル。心の根本に、「どうしたらこうなれるのだろう?どうしたらこういう刺し子ができるのだろう?」という好奇心と向上心がないと表れない熱意、そして視線。
この視線を感じた瞬間に、僕は今回大槌にくることができて良かった…と心から感じた訳で。きっとこのプロジェクトも、何年、そしてきっと何十年経っても上手くいくんじゃないかと思わせてくれた時間。
どれだけ僕が頑張っても。
どれだけ支援部隊のNPOテラ・ルネッサンスの組織やスタッフさんが努力しても。
どれだけ有志の人が力と知恵を出し合っても。
最終的には、大槌にいる刺し子さん一人一人が主役になっていくのが、刺し子という仕事。その、今日出会えた5人の刺し子さんは、一人一人が主役になる要素を持っていたと信じている。刺し子の実力は、まだ主役とは呼べないかもしれない。ただ、実力なんて気持ちがあればついてくる。その気持ち、つまり「刺し子を楽しみたい。もっと上手に、綺麗に刺し子をしたい。良い物を作って行きたい。」という気持ちを感情が高ぶって泣いてしまいそうな程感じさせてくれた、この5人に感謝を、ここで述べたいと思う。
そして、絶対、この地に来年戻ってきたいと思う。
改めて思ったこと。僕はこのプロジェクトに関わるみんなが好きだということ。今回出会えたスタッフの皆様も、いつも力と知恵を貸してくれる立ち上げの有志5人の方とその支援の輪の皆様も、そして日々、形にしてくれている刺し子さんも。
こうしてこの場に参加できていること、この空気の中で僕が力になれていることに、純粋に感謝の気持ちを表現したいし、そこには嘘が全くない。今無理しないでいつ無理するんだろうという、奉仕だけじゃない”参加”という気持ちがここにある。
現地、大槌の津波跡を見て。
その現実の中で前向きに生きてらっしゃる刺し子さんの笑顔に触れて。
そして、刺し子に対する情熱と愛情、興味と今後への希望を知り、僕は今後も精一杯の支援と協力を続けていこうと思う。
昨日の訪問記にも書いたことだけど、
僕はこのプロジェクトを通して、僕の存在場所を見つけさせてもらった。
無駄じゃなかった3年間を実感させてもらい、そしてまたプロとしての存在意義を教えてもらえた。
そんな僕は、やっぱり僕の気持ちとして、このプロジェクトに今後も関わり続けたいと思う。
そして、このプロジェクトを現地で運営している吉野さんを含めたスタッフの皆さんに心から敬意を評し、また一緒に現地で奮闘してくれている小杉さんという相棒を心から尊敬し、更に東京を始めとした全国各地にいらっしゃる有志と支援の輪の皆様と繋がれていることを心から感謝して、こうして今温かい時間を迎えられていることに心の震えを止めることはできなくて。
感謝と感動っていう言葉しか書いてないね。
ただ、それが本音です。
ただ、勿論、新たにゼロから立ち上げをするプロジェクトだから、未熟な所も沢山あります。
初日の夜から大議論になるのも不思議じゃないくらい、客観的にみたら至らない点があるのも事実。優先順位を決めることが下手だったり、業務の流れの精査が不十分だったり、っとスタッフ全員全力で取り組んでいることは伝わってくるものの、まだ歯車が完全にかみ合ってないのも事実で。
理想論だけでは回せないプロジェクトという現実と、実務の壁。
だからと言って、理念と目的を忘れてしまっては意味のないプロジェクトの存在意義と、現実の課題。
きっとこれらも、試行錯誤を繰り返しながら、現地のスタッフと支援の輪が意見をぶつけ、お互いに成長をして一体となってより良い刺し子プロジェクト環境を作って行けたらいいな…と。きっとそれは可能だし、それがこのプロジェクトの未来だろうし。これだけ力のある人達の支援と、やる気とエネルギーがある現地のスタッフが協力して継続をしていれば、きっと良い形になっていく。そう信じて。
16:00に会場を撤収して4時間。
1時間の運転と夕飯を終えて、みんなそれぞれの課題に向き合っていて。
この一体感はとても清々しいもので、可能性に満ちあふれているもので。
課題については、ヒトツひとつ解決して行けば良い。
優先順位をしっかり決めて、何ができて何が難しいのかしっかり共有して
できるところから一歩ずつ進んで行けば良い。
これだけ刺し子に愛情を持って下さる刺し子さんと、プロジェクトを愛する支援の輪と、一生懸命になれるスタッフと。
今日が終わると丁度滞在の予定の半分を消化したことになる。
明日と最終日、そして今日の夜。僕にできることをできるだけ。僕ができることを全て置いてこようと。
頑張ります!!
【11月6日(日)二日目 "大槌の刺し子さんとの出会い"】
遠野にいるスタッフの吉野さんを中心にした新規に刺し子をしてみたいという皆様への講習会の一角を借りて、時間を作って文章を作成中。
大槌への訪問は、きっと僕にとって大きな出来事になるだろうと思っていたけど、ここまで心を動かされることになるとは思ってもみなかった。そんな二日目。ちょっと無理してるオーバーペースかもしれない…。でも、"今無理しないでいつ無理するんだ" というやる気のスイッチが入ったのも事実で。
凄く嬉しかった。
ここまで刺し子が被災地の皆様の心に浸透していて、刺し子を通して若いスタッフが被災地の皆様の力になれていることに。至極個人的な感情かもしれない。刺し子に携わっている若い人間の一人という立ち位置からみた刺し子プロジェクトの印象に過ぎないのかもしれない。でも、ただひたすらに嬉しかったという感情に心をふるわされているのは間違いない事実で。
6日の午前中は、小さな刺し子会。
足下が悪いのと、日曜日でイベントが沢山あるからなのか、刺し子さん5人を含めた10人前後の刺し子会。ここで、弊社飛騨さしこの作品を紹介しながら、僕なりの刺し子への想い、そしてこの大槌復興刺し子プロジェクトの想いをお話しさせて頂いた。
いろいろ覚悟はしてきていたつもり。
きっとCash for Workを言葉通りに実行される、刺し子そのものには特に興味がなく、被災から復興までのヒトツのステップとして刺し子を捉えられている方も沢山いるんじゃないか。
本当はもっと他のことがしたいのに、現状の環境下では刺し子でしか収入を得ることができないから、仕方なく刺し子をしていらっしゃる方もきっといらっしゃるはず。
プロジェクトの存在を全面肯定しつつ、今後も、長いスパンで刺し子とおつき合いを頂き、できれば刺し子を好きになって頂き、結果としてこの大槌復興刺し子プロジェクトが、”大槌刺し子”として産業になっていって欲しい、ということを説明できれば成功だと言い聞かせて。
刺し子で生業を立てている僕が、若くて男で軽い僕が実際にお会いして、こういう刺し子もあるんだよという一例を見せることができれば、と。そして、僕が考える刺し子の未来とこの大槌復興刺し子プロジェクトの未来を重ね合わせて少しでもイメージを膨らませて頂けたら、と。
持って行く期待はできるだけ少なく、不安たっぷり覚悟ガッツリの状況のプレゼンテーション。どこまで伝わるのだろう?何を伝えたらいいのだろう?考えれば考える程、被災地の現状を目の当たりにすればするほど、膨らんで行く”これでいいのか?”という自問と不安。
その全てが、凄く良い意味で杞憂に終わった午前中、温かい雰囲気とやる気と羨望に包まれた数時間。この瞬間を僕は忘れることはないと思う。
人数が少なかったこともあり、実際のプレゼンテーションを始める前から僕が持参した弊社の作品に興味を持って頂いて。持って頂くというレベルというか、食いつくレベル。心の根本に、「どうしたらこうなれるのだろう?どうしたらこういう刺し子ができるのだろう?」という好奇心と向上心がないと表れない熱意、そして視線。
この視線を感じた瞬間に、僕は今回大槌にくることができて良かった…と心から感じた訳で。きっとこのプロジェクトも、何年、そしてきっと何十年経っても上手くいくんじゃないかと思わせてくれた時間。
どれだけ僕が頑張っても。
どれだけ支援部隊のNPOテラ・ルネッサンスの組織やスタッフさんが努力しても。
どれだけ有志の人が力と知恵を出し合っても。
最終的には、大槌にいる刺し子さん一人一人が主役になっていくのが、刺し子という仕事。その、今日出会えた5人の刺し子さんは、一人一人が主役になる要素を持っていたと信じている。刺し子の実力は、まだ主役とは呼べないかもしれない。ただ、実力なんて気持ちがあればついてくる。その気持ち、つまり「刺し子を楽しみたい。もっと上手に、綺麗に刺し子をしたい。良い物を作って行きたい。」という気持ちを感情が高ぶって泣いてしまいそうな程感じさせてくれた、この5人に感謝を、ここで述べたいと思う。
そして、絶対、この地に来年戻ってきたいと思う。
改めて思ったこと。僕はこのプロジェクトに関わるみんなが好きだということ。今回出会えたスタッフの皆様も、いつも力と知恵を貸してくれる立ち上げの有志5人の方とその支援の輪の皆様も、そして日々、形にしてくれている刺し子さんも。
こうしてこの場に参加できていること、この空気の中で僕が力になれていることに、純粋に感謝の気持ちを表現したいし、そこには嘘が全くない。今無理しないでいつ無理するんだろうという、奉仕だけじゃない”参加”という気持ちがここにある。
現地、大槌の津波跡を見て。
その現実の中で前向きに生きてらっしゃる刺し子さんの笑顔に触れて。
そして、刺し子に対する情熱と愛情、興味と今後への希望を知り、僕は今後も精一杯の支援と協力を続けていこうと思う。
昨日の訪問記にも書いたことだけど、
僕はこのプロジェクトを通して、僕の存在場所を見つけさせてもらった。
無駄じゃなかった3年間を実感させてもらい、そしてまたプロとしての存在意義を教えてもらえた。
そんな僕は、やっぱり僕の気持ちとして、このプロジェクトに今後も関わり続けたいと思う。
そして、このプロジェクトを現地で運営している吉野さんを含めたスタッフの皆さんに心から敬意を評し、また一緒に現地で奮闘してくれている小杉さんという相棒を心から尊敬し、更に東京を始めとした全国各地にいらっしゃる有志と支援の輪の皆様と繋がれていることを心から感謝して、こうして今温かい時間を迎えられていることに心の震えを止めることはできなくて。
感謝と感動っていう言葉しか書いてないね。
ただ、それが本音です。
ただ、勿論、新たにゼロから立ち上げをするプロジェクトだから、未熟な所も沢山あります。
初日の夜から大議論になるのも不思議じゃないくらい、客観的にみたら至らない点があるのも事実。優先順位を決めることが下手だったり、業務の流れの精査が不十分だったり、っとスタッフ全員全力で取り組んでいることは伝わってくるものの、まだ歯車が完全にかみ合ってないのも事実で。
理想論だけでは回せないプロジェクトという現実と、実務の壁。
だからと言って、理念と目的を忘れてしまっては意味のないプロジェクトの存在意義と、現実の課題。
きっとこれらも、試行錯誤を繰り返しながら、現地のスタッフと支援の輪が意見をぶつけ、お互いに成長をして一体となってより良い刺し子プロジェクト環境を作って行けたらいいな…と。きっとそれは可能だし、それがこのプロジェクトの未来だろうし。これだけ力のある人達の支援と、やる気とエネルギーがある現地のスタッフが協力して継続をしていれば、きっと良い形になっていく。そう信じて。
16:00に会場を撤収して4時間。
1時間の運転と夕飯を終えて、みんなそれぞれの課題に向き合っていて。
この一体感はとても清々しいもので、可能性に満ちあふれているもので。
課題については、ヒトツひとつ解決して行けば良い。
優先順位をしっかり決めて、何ができて何が難しいのかしっかり共有して
できるところから一歩ずつ進んで行けば良い。
これだけ刺し子に愛情を持って下さる刺し子さんと、プロジェクトを愛する支援の輪と、一生懸命になれるスタッフと。
今日が終わると丁度滞在の予定の半分を消化したことになる。
明日と最終日、そして今日の夜。僕にできることをできるだけ。僕ができることを全て置いてこようと。
頑張ります!!
岩手訪問記〜大槌復興刺し子プロジェクト
2011年11月05日
大槌復興刺し子プロジェクト/大槌訪問記
【11月5日(土)】
いつも以上に喧噪に飲まれた一週間を終えて、ゆっくりと小牧空港のソファで仕事を片付けようとパソコンを空ける。
と同時に、今回の大槌の訪問を、僕なりのマイルストーンとして記しておくことはとても意味があるのではないか…と、
仕事そっちのけでテキストを叩いてみる。
凄く、個人的な訪問記になるかもしれない。
でも、この訪問記が日本の復興の、そして刺し子の未来の、あるいは今を生きる僕という人間の大事な時間になると信じて止まないのであれば、やっぱり形にすべきだろうと思う。それだけ強い想いがこのプロジェクトにはあるから…。
縁が縁を呼び、今日、こうして岩手県大槌町に伺うことができる。
町長さんが津波で流され、今も何百人と行方不明者がいるという被災地、大槌町。
そこで始まった「大槌復興刺し子プロジェクト」に関わる一人として、今現地に赴こうとしている。
最初に立ち上がった5人ではない。
受け皿となっているNPO法人テラ•ルネッサンスのスタッフでもない。
きっと最初に立ち上げた尊敬すべき5人の方は、僕をメンバーの一人として迎え入れてくれているだろうし、またテラ・ルネッサンスの皆様ともとても深いお付き合いをさせて頂いている。それでも、少し違った立ち位置であることは否めない。それはきっと、あるいは時間の問題なのかもしれないけれども、僕が「刺し子」を生業としている一人だからなのかな…と思ってみたりしている。
外部っちゃ外部。確かに内部に入りきるのも良くない。
でも内部っちゃ内部。内部に入らなきゃわからないこともある。
それでいい。そしてそれが心地いいし、そこでしかできない僕の仕事がある。これは間違いない。
実は、伝統工芸に携わる人間は、このバランス感覚が自然に鍛えられているのかもしれない。
”現代化しきれない製造過程と、現代を無視できないマーケットの動きと”
”芸術と言われながらも、販売しなければ生き残れない商売感覚と”
”職人気質と商売人気質”
”販売するための生産計画と、良い物を作りたいが為の時間のズレ”
論理では解決できない、白と黒の中間点が沢山ある場所で三年間過ごしてきた僕だからこそできることがある。
それは社会貢献とか、被災地復興の力になりたいとか、基本的な欲求も勿論のことながら、
もう一つ、僕に刻み付けた想いがある。感情がある。
それは、「感謝」の心なんだと思う。
偶然だと思うけれども、有志の5人の方は「刺し子」を復興支援産業として選んでくれた。
そして、運命か必然か、僕と連絡を取る様になった。
彼らは僕に感謝の気持ちを述べてくれているけど、逆に感謝をしたいのは僕のほうなんだ…と何度心で叫んだことか。
商売の利益とか、今後の刺し子の広告宣伝とか、そんな表面的なことじゃなく、刺し子を通して
「僕がここにいる理由」
「僕が刺し子に携わって行きていくと決めた覚悟」
を認めてもらえた気がして。
居場所を確認してもらえた気がして。
絶えつつある日本の民芸。
マーケティングや製造管理を上手くやっている民芸は残るだろうし、
上手に製品企画や生産管理、販売促進を行っている工芸は儲かってもいるのだろう。
僕が関わる”飛騨さしこ”も今迄生き残ってきた他の業種の様に、多くのファンの方がいて下さることでこうして日々営業を続けていられている。それでも、自分の収入さえも守れないような厳しい経済環境下で、日々あがき続けることに意味があるのだろうか?と自問自答を続けていた3年間だった。家族を守る…という約束も、ある意味では期限付きだったから、その期限が終わった今年、足掻いた過去に終わりがくることも覚悟していた。
それほど厳しい民芸/工芸の世界。
下げれない製造コストと、下げたくない職人さんへの賃金。
限られた予算内での販売促進と、できるかぎりの現代化、現代のマーケットへの対応。
そんな中でプロジェクトから伝わってきた言葉
「刺し子のプロが必要なんです。力になって下さい。」
僕は刺し子作業のプロではない。勿論、同年代の男の子に比べれば、相当上手い自信はあるけれども、40年選手がいる刺し子職人さんに、僕がプロだなんて言ったら笑われてしまう。実際、僕が手がけた刺し子作品が店頭に並ぶことはまず、無い。
そして僕は、デザインのプロでも、縫製のプロでも、販売のプロでも、民芸/工芸のプロでもない。
ただ、僕は「刺し子事業を運営するプロである」ことは胸をはって言える。
刺し子に関わって、それを事業としてなんとか成り立たせ、維持してきた三年間は
経営者として、そして次世代を担う刺し子に関わる人間として、絶対的な自負を持ってる。
そして、今、大槌ではその事業が立ち上がり、試行錯誤をしながら日々頑張っていらっしゃる。
ここに力になれるのであれば、それは僕であり、僕ができること。
僕の存在意義を認めてもらい、存在場所を頂けたような気がしてとても嬉しかった。
東京から帰ってきて、がむしゃらに走った3年間は無駄ではなかった。
そう思うと、このプロジェクトの有志5人が愛おしくて仕方ないし、テラ・ルネッサンスさんには感謝してもしきれないし、何より大槌にいらっしゃる刺し子さんがもう既に弊社の刺し子さんに接する様に、つまりは家族の一員であるような気がしてならない。僕はシャイだから、そこはどこまで上手く伝えられるかわからないけれども。
(年上の女性にはモテる為、マジでシャイなんですw)
さて…そんな超個人的な想いと、被災地復興への祈りを込めて飛行機に搭乗しようと思う。
現地に行ってみれば、予想と違うことも沢山出てくると思う。
刺し子事業のマネージングは上手でも、立ち上げは実際には関わっていなかったのだから。
実際に被災地の空気は、テレビで見るよりもきっと違うんだと思う。
震災後、長期間アメリカに滞在していた僕は、今日の今日まで、被災地に赴くことができなかった。
プロジェクトへのアドバイスというだけでなく、もっと広い意味で被災地復興のお手伝いができないか…と考えてみることも大切だと思う。
刺し子で繋がった縁。そして今日という日。
これほど、刺し子に感謝をした瞬間はなかったと思う。
人生に無駄はなく、無駄と思っていることでも、一生懸命頑張っていれば、どこかで誰かが必要としてくれる。
今まで僕を育ててくれた刺し子を介して、社会に恩返しができる日がきた。
きっと、現地のスタッフさんと、東京から来てくれる5人の有志の一人と
思いっきり語って、思いっきり楽しむことが、一番の恩返しになるのだと信じて。
「いってきます!!」
もう来年の事を考える季節に…。
2011年10月23日
時の流れは早いものです。
もう10月も後半戦。今年も残り二ヶ月と少し。
毎年恒例になった、来る年の干支をモチーフにした刺し子作品が完成してくる季節です。
手作りだからできること。
大量生産しない、工場を持たない製造業だからできる、毎年のクリエイティブ作品。
恒例になってしまったからか、多くのお客様に期待して頂き、創り手としてもより良いものを作ろうと毎年楽しんでいます。
実際は、形にする為に必死なのですが(笑
さて、今日紹介させて頂くのは、辰年をイメージしたふきん。
絵馬の中の龍と、タツノオトシゴをイメージした二種類のふきんが完成し、いろんな場所で販売を開始致しました。
ネットショップにも登場させ、今後、限定数が売り切れるまでの販売となります。

販売ページはこちら。

販売ページはこちら。
基本、在庫として残っても賞味期限が無いので、多めに作る事がある刺し子作品ですが、
干支の作品に関しては、今年に販売できないと12年間日の目をみることがなくなる為、少しの限定数で販売しております。
是非、お求め頂ければ幸いです。
淳
オランダ雑誌に掲載されましたっ☆
2011年10月03日
バタバタの秋口。
寒くなりながらも、エネルギーは切らさない様に沢山食べつつ。
あっちで太ったのに…こっちでも太りそう。
さて、Facebookやウェブサイトでは紹介させて頂いているのですが、弊社の刺し子がオランダの手芸雑誌HZG様に特集を組んで頂き、3ページにも及び掲載して頂けました。
地道に高山でインターネットでコンタクトを取りつつ、
時には電話や手紙で詳細を煮詰めつつ、
少しずつ拡大できている海外のマーケット。
こうしてヒトツの形になるととても嬉しいです。
Hida Sashikoじゃなくて、僕の名前が前面に出てるのは恐縮以外の何ものでもないですが。
画像のサムネイルの紹介だけさせて頂きますね。
拡大画像(実寸画像)は弊社HPにてご覧頂けたらと思います。


帰国しました☆
2011年10月02日
長い期間、出張させて頂いておりました。
無事帰国です。
10月中旬は東京へ。
11月上旬は大槌町へ。
と国内出張が決まっておりますが、それ以外は高山の本店におります。
刺し子関連で準備中のプロジェクトも少しづつ始動させつつ、
ネットショップを含めた利便性を高めていけたらと思っています。
またお会いできる日があれば幸いです

被災地支援 "魚だけでなく釣り竿も"
2011年09月08日
前回のエントリーで紹介した大槌復興刺し子プロジェクト。
その刺し子に必要な糸を皆様からも支援して頂けないか…というキャンペーンを立ち上げてみました。

被災地支援キャンペーン
詳しいお話はリンクを読んで頂けると助かります!
来月には現地にもお邪魔できそう。こうして風化させないために想いを募り続ける事はとても大切なことだと思っております。
ご理解とご協力を宜しくお願い致します!
その刺し子に必要な糸を皆様からも支援して頂けないか…というキャンペーンを立ち上げてみました。

被災地支援キャンペーン
詳しいお話はリンクを読んで頂けると助かります!
来月には現地にもお邪魔できそう。こうして風化させないために想いを募り続ける事はとても大切なことだと思っております。
ご理解とご協力を宜しくお願い致します!
大槌復興刺し子プロジェクト 応援キャンペーン始動!
2011年09月07日
2011.3.11の東日本大震災から、もう半年近くも経過してるんですね。
半年が過ぎて被災地の外には日常の風を感じられる様になっても、風化させちゃいけない現実が現在進行系で続いていて。義援金やボランティアに加え何か協力できないか…と考えていた私に、二ヶ月前に大槌復興刺し子プロジェクトの有志の皆様との縁が舞い降りてきて。
微力ではありますが、大槌復興刺し子プロジェクトに協力させて頂ける様になりました。
「魚(物資)を送るだけではなく、次は釣り竿(自立支援方法)を送りたい」
という有志の皆様の気持ちに心から感銘を受け今があります。大槌復興刺し子プロジェクトはその後も成長し続け、現在はNPO法人テラ・ルネッサンス様のプロジェクトとして運営されております。
大槌復興刺し子プロジェクト ウェブサイト
NPO法人テラ•ルネッサンス ともつな基金
是非皆様にもこの被災地の自活支援プロジェクトに協力して頂きたいなと感じ、以下の様なキャンペーンを始める事としました。刺し子に絶対必要な"刺し子糸"を皆様にご購入頂き、弊社が代理としてプロジェクトを運営するNPO法人テラ・ルネッサンス遠野事務所(現地事務所)へ送付するというキャンペーンです。
以下、詳細になります。一口300円からスタートできる被災地復興支援キャンペーンです。
一人でも多くの方にご協力頂けたらと思っております。宜しくお願い致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
金額 : 一口300円とし、特に上限は定めておりません。
*一口300円により、弊社の糸を一カセ (145m)を代理でご購入頂いた形となります。毎月末に〆処理を行い、纏めて発送致します。尚、〆処理時にご協力頂いた方の注文番号とイニシャルのご紹介を予定しております。
以下が募集ページとなります。
支払い方法や注文方法等、少々制限はございますがご理解頂ければと思います。
本舗飛騨さしこ キャンペーンページ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一口300円をお支払い頂く事により、一口あたり一カセの糸(145m)をプロジェクトを運営するNPO法人テラ・ルネッサンス遠野事務所へ送付致します。以下、詳細を記載致しますのでご確認の上ご協力を頂ければと思います。
大槌復興刺し子プロジェクト ウェブサイト
NPO法人テラ•ルネッサンス ともつな基金
半年が過ぎて被災地の外には日常の風を感じられる様になっても、風化させちゃいけない現実が現在進行系で続いていて。義援金やボランティアに加え何か協力できないか…と考えていた私に、二ヶ月前に大槌復興刺し子プロジェクトの有志の皆様との縁が舞い降りてきて。
微力ではありますが、大槌復興刺し子プロジェクトに協力させて頂ける様になりました。
「魚(物資)を送るだけではなく、次は釣り竿(自立支援方法)を送りたい」
という有志の皆様の気持ちに心から感銘を受け今があります。大槌復興刺し子プロジェクトはその後も成長し続け、現在はNPO法人テラ・ルネッサンス様のプロジェクトとして運営されております。
大槌復興刺し子プロジェクト ウェブサイト
NPO法人テラ•ルネッサンス ともつな基金
是非皆様にもこの被災地の自活支援プロジェクトに協力して頂きたいなと感じ、以下の様なキャンペーンを始める事としました。刺し子に絶対必要な"刺し子糸"を皆様にご購入頂き、弊社が代理としてプロジェクトを運営するNPO法人テラ・ルネッサンス遠野事務所(現地事務所)へ送付するというキャンペーンです。
以下、詳細になります。一口300円からスタートできる被災地復興支援キャンペーンです。
一人でも多くの方にご協力頂けたらと思っております。宜しくお願い致します。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
金額 : 一口300円とし、特に上限は定めておりません。
*一口300円により、弊社の糸を一カセ (145m)を代理でご購入頂いた形となります。毎月末に〆処理を行い、纏めて発送致します。尚、〆処理時にご協力頂いた方の注文番号とイニシャルのご紹介を予定しております。
以下が募集ページとなります。
支払い方法や注文方法等、少々制限はございますがご理解頂ければと思います。
本舗飛騨さしこ キャンペーンページ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一口300円をお支払い頂く事により、一口あたり一カセの糸(145m)をプロジェクトを運営するNPO法人テラ・ルネッサンス遠野事務所へ送付致します。以下、詳細を記載致しますのでご確認の上ご協力を頂ければと思います。
大槌復興刺し子プロジェクト ウェブサイト
NPO法人テラ•ルネッサンス ともつな基金
可能か不可能か。
2011年07月09日
刺し子を海外に…と思った時に、考えなかった事がヒトツあります。
「可能か不可能か」という事。
本来、僕の性格上、可能かどうかはじっくり検証すべき事なのですが、この刺し子に関しては根拠無く信じていたんだろうと思います。刺し子が世界に出る事は可能であり、問題は方法論に帰納するっていうことに。
まだまだ小さな一歩ではありますが、有り難い事に形が出来てきています。
Hida Sashiko というブランドが、オーストラリアにも、ヨーロッパにも、アメリカにも出回るという現実。
未来だった夢が、手の届く範囲の目標に迫っている事に感謝をしつつ。
それと同時に、日本国内でも複数のプロジェクトを進行する事ができそうです。
僕が不在であることにとても申し訳なさを感じるのですが、それは取捨選択の問題。
日本国内の動きの詳細は、日本にいるスタッフに基本お任せです。
形になるといいな。
そして、その形がどんどん広がっていけばいいな。
広がる事が全てではなく、広がる事が正しい事でも正義でもないのだけど、
ホンモノを作り続ける、良い物は必ず必要とされる、という信念を貫き通した後の広げるという方法論はきっと間違いでは無いと思っています。頑張ろう〜!
なんだかんだでバタバタ。
2011年07月04日
先のエントリーで紹介した大槌復興刺し子プロジェクト。
中の方々ともお話ができ、快く協力させて頂けそうです。刺し子の存在意義を、もっと広い定義で求めていた僕にとってとても大切なプロジェクトになりそうな予感。凄く嬉しいです。

今回の渡米の何よりもの目的だったこっちでの市場開拓。
B to Cを理想として挑戦してきたけど、その結果の前にB to Bで結果を出す事ができて。今週末、初めてのオーダーを頂く事ができました。後は発送して、その業者さんに気に入って頂いて、今後の流れを待つ感じ。一度、シアトルまで行かなきゃだな…と。遠いなぁ、シアトルは。
米国以前に作っているオーストラリアとオランダのお客様にも引き続きお取り引きを頂いており、少しずつ、分量ベースでみると少ないけれども、こうして海外のお客様が増えていっているのはとても嬉しい話。
0から1を作っている感覚が何よりも面白いです。
ゆっくりするつもりだったんだけど、なんだかんだでバタバタ。
らしいっちゃらしいですけど。
さて、日本の皆様にも楽しんでもらえる企画をもっと考えなきゃです。
大槌復興 刺し子プロジェクト
2011年06月28日
あの大震災から4ヶ月弱。
日本を離れてしまい、ニュースを見る機会がなくなった為か、もしくは時間の流れがそうさせるのか、当時煮えたぎる様に燃えていた復興への協力の意思がぼんやりとしてしまっているのを感じていました。
義援金を送るだけでいいのか?
現地に行けなかった僕が他にできる事はないのか?
そんな気持ちを、もう一度蘇らせてくれたプロジェクトに出会う事ができました。
【大槌復興刺し子プロジェクト】
http://osp2011.web.fc2.com/
刺し子を生業とし、刺し子で生活をしている自分。
刺し子という手工芸を通して、被災地復興のお手伝いができるかもしれない。そう思った時にはもう事務局へ向けてメールを書いていました。海外にいながら、被災地の皆様と一緒に刺し子をする機会もなく、また事務局へ寄付をしたわけでもないので自己満足なのかもしれませんが、僕個人として、そして会社の三代目として全力で協力できれば…と。
針と糸と布があればできる仕事。
実用的な芸術、そして何よりの用の美。
シンプル性の中にある奥深さ。
なによりも手作りの不均一性と、そのヌクモリ。
有志の方がこのプロジェクトを始動して下さった事に心から感謝をし、実際に被災地で刺し子をしていらっしゃる方々へ心から応援の気持ちを送り、このプロジェクトが長期的に雇用の面でも、経済の面でも、そして芸術工芸の面でも大きくなっていく事を心から祈念しております。
もしかしたら、凄いライバルを育てているのかもしれないなぁなんてふと思ってみたり。
でも、ずっと言っているように、刺し子のような工芸品の世界には今、資本主義的な勝ち負けは存在していないような気がするのです。共に努力をし、切磋琢磨をし、刺し子に関わっている一人として刺し子の世界を広げていけたら、それに勝る未来はないと確信しています。
ウェブを始めとした自社メディア。
そして様々な側面からこのプロジェクトを紹介し、協力していければ素晴らしいと思っております。
大槌復興 刺し子プロジェクトの皆様。今後ともよろしくお願い致します。
このブログを読んでくださっている皆様、また刺し子好きな皆様。ご協力をお願いするときがあると思いますが、何卒ご協力頂けます様お願い申し上げます。
淳
海外展開と…でもやっぱり日本じゃねーかと思う自分と。
2011年06月17日
民芸品としての立場の確立はできていると自負している刺し子。
と同時に、民芸品が売れない時代。
芸術品に昇華させようと努力しているけど、その芸術にしたって時間と資本の莫大な投入が必要。
だからゆっくりとしか進めない。
刺し子に携わるようになって三年ちょい。
ある時から、民芸品を販売するというメイン路線に加え、刺し子を広めようとひたすら考えてきた。
その結果が、海外展開。
刺し子を一人でも多くの人に知ってもらいたい。楽しんでもらいたい。
となれば、60億人いる世界じゃね?と思ったわけです。
オーストラリアから始まり、オランダ、そしてアメリカ(←いまココですがまだ結果なし)と至ってますが
地道に営業活動をしつつ、やっぱり日本じゃねー?っと思っている自分に気がつきました。
勿論、海外での活動を止めることはしないですし、
今までの多くの出会いに心から感謝しているので、今後もできるだけ多くの人に知ってもらえるように努力していきたい。
その上で、もっともっと、やっぱり日本の方に日本の文化としての刺し子を知って頂きたいなと思うのです。
それは、地元高山で商売させて頂いているので、高山や飛騨各地の方々も含めた方に。
観光客の皆様だけでなく、できるだけ多くの日本人に。
目標、増えちゃったなぁ。
頑張ります。
(米国での地道な活動に、やっと芽が出そうだったので、こういうブログになりました!)
子供なぁ。
2011年06月14日
またプライベートのブログ。
週末、嫁の同僚の夫婦が俺のタイカレーを食べたいってことで小さなホームパーティ。
お子様がいるのは知ってたけど、こんなに可愛い二人が遊びに来てくれました。
了承得てないけど、嫁の顔出し。ごめんなさい。でも絵が素敵すぎる。

ダズマン君の笑顔が輝きすぎてるので、俺も顔出し。
もう、油断しっぱなしの写真です。
(米国に居るための髪型、髪色です。ご容赦くださいませ)

子供なぁ。
結婚して一年。一緒に住む事数ヶ月。(今回はまだ一ヶ月経ってないけど)
やっぱり、子供の話はするわけで。
結婚前は絶対に子供は作らないって言ってた嫁。
それでも紆余曲折を経て、なんだかんだで今は前向きに考えてくれてる。
夫婦ふたりしてアメリカ市民じゃないから保証はどこにもなくて。
でも、嫁の仕事が嫁の夢であった事、今それを順調にかなえつつある事は誰よりも理解してるから
無理にお互いの国に帰って安定を求めるという選択肢は端においやっていて。
欲しいねって良いつつ、今は難しいかなって気持ちもある。
だから、やっぱり流れに任せるのがベストなんだろうな〜っと。
子供は天からの授かりもの。
待っててくれてる方々には少々申し訳ないけど、今はお互いの生活を尊重しつつ、来る時を待とうってスタンスです。
ま〜この二人は可愛かった。
そんな週末。
週末、嫁の同僚の夫婦が俺のタイカレーを食べたいってことで小さなホームパーティ。
お子様がいるのは知ってたけど、こんなに可愛い二人が遊びに来てくれました。
了承得てないけど、嫁の顔出し。ごめんなさい。でも絵が素敵すぎる。
ダズマン君の笑顔が輝きすぎてるので、俺も顔出し。
もう、油断しっぱなしの写真です。
(米国に居るための髪型、髪色です。ご容赦くださいませ)
子供なぁ。
結婚して一年。一緒に住む事数ヶ月。(今回はまだ一ヶ月経ってないけど)
やっぱり、子供の話はするわけで。
結婚前は絶対に子供は作らないって言ってた嫁。
それでも紆余曲折を経て、なんだかんだで今は前向きに考えてくれてる。
夫婦ふたりしてアメリカ市民じゃないから保証はどこにもなくて。
でも、嫁の仕事が嫁の夢であった事、今それを順調にかなえつつある事は誰よりも理解してるから
無理にお互いの国に帰って安定を求めるという選択肢は端においやっていて。
欲しいねって良いつつ、今は難しいかなって気持ちもある。
だから、やっぱり流れに任せるのがベストなんだろうな〜っと。
子供は天からの授かりもの。
待っててくれてる方々には少々申し訳ないけど、今はお互いの生活を尊重しつつ、来る時を待とうってスタンスです。
ま〜この二人は可愛かった。
そんな週末。





